❤️ I love Sackbut ❤️
サクバット奏者 宮下宣子
vol.5 古楽の歴史とサクバット①
グレゴリオ聖歌〜フランドル 楽派
このシリーズでは、音楽の歴史に沿ってサクバットで演奏するのにふさわし そうなものに焦点を当てて、取り上げて行こうと思います。
そもそもサクバットが完成したのが15世紀。楽器指定がされるようになったのがやっと16世紀のG.ガブリエーリあたりです。その前は音楽は歌が基本なので、音域によるソプラノ、アルト、テノール、バス。それをなぞる形で器楽が使われたのです。ですから、オリジナルでサクバットが使われたのではないけれど、サクバットアンサンブルで演奏するのに向いている作品を挙げるのが目的です。
まずグレゴリオ聖歌。750年頃にカトリックキリスト教の中心ローマのグレゴリウス1世の名を冠しローマ典礼とガリア典礼がまとめられたもので、教会旋法により歌われた単声聖歌です。歌のための音楽ではあるものの、宗教音楽であり聖職者である男声の音域なので、サクバットにはうってつけ。またこの時代の音楽は激しい動きが少ないことも相まって、まるでサクバットのために書かれたように響きます。
西洋音楽史は宗教音楽を中心に進みます。グレゴリオ聖歌をテナーパートに置き、それに対して声部を増やして行くポリフォニーの重唱も男声の音域が中心で、サクバットアンサンブルには誠に好都合です。
音楽史的には、12〜13世紀にかけてパリのノートルダム大聖堂を中心に活躍したノートルダム楽派がレオニヌスやペロタンによって一つの頂点をむかえます。
その後アルス・アンティクワ(古芸術)と呼ばれる時代には、定量記譜法という、今の楽譜の基礎が出来上がり、音楽がリズムを含め忠実に記録出来るようになり、モテトゥスと呼ばれる新形式の曲がその隆盛期を迎えることになります。 つまり多声楽曲が発展していくなかで定旋律の上声部に、定旋律の歌詞とは別の歌詞や旋律がつけられるようになり、それが記録できるようになった、ということです。その声部をモテトゥスと呼んだため、その技法による楽曲をモテトゥスというようになりました。そして、歌詞や旋律に世俗的なものが導入されて、音楽そのものが世俗性を強く帯びるようになっていったのです。
その後のアルス・ノヴァ(新芸術)と呼ばれる音楽は、更にポリフォニーの技法が緻密になり、ミサ曲全体をポリフォニーの技法によって書くようになっていきます。
また従来は、キリスト教の教義的な影響(三位一体。父と子と聖霊)から3拍子を正統な拍子としていたのが、次第に2拍子(二足歩行の人間を象徴)を中心にして音楽を作るようになったのもこの頃の新しい傾向でした。
他方、この時代の宗教音楽以外の分野では、騎士階級出身の吟遊詩人の音楽、恋や武勲を歌った単旋律の素朴な歌も盛んでした。
さて、ここで金管楽器の歴史について見てみましょう。基は直管に朝顔と吹き口をつけただけのもので、紀元前エジプト時代からありました。しかし長さを変えられず、延長管を付けることでしか調子を変えられなかったため何世紀にも渡って、小さなマウスピースを使う高次倍音での演奏(トランペットの祖先)か、大きなマウスピースによる下の倍音のみ(トロンボーンの祖先)に活躍の場が限られて来ました。それが、延長管を取り付けて調子を変えられるようになり、更にベルごと伸ばすシンプルなスライドシステムが発明されたのが13世紀になります。この楽器はスライドトランペットと呼ばれ、トロンボーンの直接の祖先になります。
そしてフランドル地方でミサ、モテトゥス、シャンソンなどにポリフォニー技法を使いこなしたジョスカン・デ・プレが特筆すべき音楽家です。
ブルゴーニュ楽派とフランドル 楽派をまとめてネーデルランド楽派と呼びますが、ジョスカン・デ・プレを代表とするフランドル 楽派が、フィレンツェの黄金時代を築いた財閥メディチ家などの力でイタリアに呼ばれ、その後私たちにも親しいガブリエーリを含むのイタリア、ヴェネツィア楽派へと発展していくのです。