updated   2022-09-21

故 宗清洋氏を偲んで 

  文と写真 橋本佳明

 
今年2022年1月27日に日本を代表するジャズトロンボーン奏者でアロージャズオーケストラのリーダーでもある宗清洋氏が享年85歳でお亡くなりになりました。
 
 私(橋本佳明)が、関西出身でアロージャズオーケストラに在籍してたということで今回宗清氏との思い出などを書かせて頂くことになりました。 宗清氏の経歴については、協会のホームページでも紹介されてるので読んでいただければと思います。プロフィールページへ>>>
 
 宗清氏との最初の出会いは、私が大学3年生の時でした。サックスの先輩がアロージャズに在籍していて、当時バンドシーダー(初代)だった北野タダオさんからトロンボーン3人しかいないから、ライブの時だけ4番トロンボーンを吹ける後輩を連れて来てくれと頼まれたからと言って、梅田のロイヤルホースというライブハウスに連れて行かれた時でした。
 
 当時アロージャズは、経営上トロンボーンは3人しか雇えなくて歌謡曲の歌伴などは問題ないけど、ライブでやる曲はどうしても4人欲しくて、学生でも良いからちょっと吹けそうなやつがいれば、ギャラは払えないけど勉強させたるわという感じだったと記憶してます(笑)
 
 しかし私にとっては、学生の分際でしかもアロージャズ(東京で言えば#&♭)3、4年生と吹かせてもらえたのは、今思えば幸せなことでした。 
 
 ちょうど大学のビッグバンドもやってて 、まあまあ吹けてると勘違いしてる頃に、宗清氏のとなりで吹かせて頂き、更に最初は宗清氏の偉大さなど知りもしないでやらせてもらい、ライブを重ねるにつれ偉大さに気づき自分のダメさを痛感したのも思い出します。
 
 しかし、宗清氏はそんな学生の私に優しく接してくださいました。 今思えば一度も指導らしき言葉をもらった記憶がなく、プレイで示して盗めという感じでした。
 
 いつの頃からかライブが終わってから宗清氏が、これで飯でも食えとポケットマネーを頂けるようになったのが大変嬉しかったです。その頃の宗清氏の歳は、今の私よりも若かったと思うと恥ずかしくなってきます。 
 
 そういうわけで学生時代の2年間アロージャズのライブ、コンサートの時に隣で勉強させてもらったのですが、卒業した後はアロージャズのテナーの空きはなく雇ってはもらえず3年間離れました。
 
 とはいえ、宗清氏の弟子の方から声をかけてもらって3年間その方のいるバンドに雇ってもらえたので、恐らくは宗清氏からの紹介だったのかなと、今思えば見守って下さってたのだと思います。
 
 それで、3年後にアロージャズのトロンボーンのメンバーが違うバンドに移られ席が空いたので、宗清氏から戻って来いと誘って頂き、東京に出ていくまでの間一緒に吹かせて頂きました。
 
 学生の時は、ただアロージャズのトロンボーンの席に座ってただけでしたが、戻ってきてからは、少しプロだと認めてもらえたのかなと思ってます。なのでこの後の数年間に色々とプレイで教えて頂いた記憶が沢山ありますね。
 
 しかし考えたら宗清氏は、楽器もアドリブも独学であそこまで吹けてたのだと思うとやはり天才でしたね。
 
 アロージャズの時の思い出で一番覚えてるのは、あるコンサートの時に北野タダオ氏がMCで、次の曲は宗清洋をフィーチャーしてと言った次の瞬間、宗清氏が私の肩に手をあててお前やれと言われ、出来ないですと返すと、いいからやれと更に言われて演奏した時のことです。その曲を演奏した後、北野氏も何事もなかったように私を紹介してもらった時に、宗清氏の偉大さを感じました。少しは、認めてもらえた瞬間だったかもしれません(笑)
 
 こうやって思い返してみるといくらでも出てきますが、大阪時代のことはこれぐらいにしておきます。
 
 その後、上京したのですがそこで更に宗清氏の凄さを痛感することになりました。上京したばかりの頃は、出会う人によっては上から目線で接してきたり、どれぐらい吹けるんだみたいな目で接して来る人もいたのですが、話の流れで大阪にいた時はアロージャズで宗清氏と一緒に吹いてたというと殆どの人がじゃあ大丈夫だねと言われて、びっくり(ありがたい)したのを覚えてます。
 
 残念なことに上京してからは、宗清氏と一緒に演奏することは長い間無かったのですが、7、8年前に新宿のライブハウスで、宗清氏を迎えて東京のトロンボーン5人とライブをする機会があり、久しぶりに一緒に吹いたのですが、全く衰えてないどころか絶好調で、私も含め初めて会ったミュージシャンも圧倒されてました。その時確か70半ばだったと思います!!!
 
 それから、数回アロージャズの東京公演にエキストラで乗せてもらったのが宗清氏との共演が最後でした。
 
 最後に、その時ステージでのリハーサルの言われた言葉が未だに私の頭の中に響いてるのですが、その言葉で今回の記事を締めくくりたいと思います。 『リードトロンボーン吹けなくなった時がトロンボーン止める時やな』
 
 どうですか!凄すぎて言葉もありませんが、私も同じ歳になった時にそんな言葉を言えることを願つつこれからもトロンボーンに精進しようと思います。
 
 宗清洋氏に感謝とご冥福をお祈りいたします。

2022年2月
橋本佳明(ジャズトロンボニスト)

アロージャズオーケストラでの宗清氏のスナップショット

左から河野広明、中島徹、宗清洋、橋本佳明
 
 
左から橋本佳明、宗清洋、中島俊夫(アロージャズオーケストラ  ドラマー)
 
 
リハーサルにて(写真提供:太田健介)